すまんカカシ、俺だって命は惜しい。
俺だって昔から料理が上手だったわけじゃない。変な物作ったりしてまずいまずいと言いながらも我慢して自分の料理を食ったことだってあるんだ。けど、カカシの比じゃなかった。大体あれは、食い物じゃない。
その運命の日、少し熱っぽかった俺にカカシはおかゆでも作ると言って台所に行ったのだが、聞こえてくるのはおおよそ調理していると言うよりも戦闘中の物音のようで、俺は怖くて台所に近寄ることすらできなかった。
そしてカカシの手に持ってやってきたそれを一体どうやって形容すればいいのか、俺は未だに解らない。
カカシに悪気がないのは知っている。俺がちょっと熱っぽいから看病のつもりで作ってくれたんだと言うことも解ってる。けど、それはあんまりだろ?材料が判別できないなんておかしいだろ?色からしておかゆじゃないだろ?なんで赤いの?どうやったらそんなに変な匂いがすんの?
だが食べないわけにもいかず、じっと見ているカカシの手前、ふるふると震える手で食べた俺は勇者だろう。
翌日風邪ではなく食あたりでダウンしてしまった俺は二度とカカシが1人で作った料理だけは口にすまいと誓ったのだ。
そして今、俺はまたその恐怖に身をさらされるのか!?と少々の涙目になった。

「ちょっとイルカ、そんな怯えないでくれる?まあ、以前、俺が作ろうとしたものは食い物じゃなかったからね。材料粗末にしちゃってごめんなさい、って感じだった。それは解るよ。」

カカシ、自覚してくれてたのか。それだけでも俺は嬉しいよ。ほんと、成長したなカカシ。

「実は以前うまい店見つけてさ、イルカにもいつか食わせてやろうって思ってたんだよ。イルカ、ラーメンはいけるよね?」

ラーメンか、うん、別に嫌いじゃないな。季節的にも今は暖かいものが食べたいし。

「いいね、ラーメン、食いに行こうぜ。」

俺は立ち上がった。カカシが作るんじゃない。そう思った途端、俺は少し元気になった。ごめんなカカシ、お前が悪いわけじゃない。お前の作る料理が悪いんだ。

「イルカ、なんか急に元気になったね。」

「あ、実は俺ラーメン好きなんだ〜。」

「そうだっけ?」

カカシは疑わしそうに俺をじっと見てくる。俺はそんな視線をもろともせずにカカシに早く案内しろ、と急かした。
腹が減ってるのは事実だし、カカシがうまいと言ったんだからきっとうまいんだろう。
カカシはふーん、と言いながらも歩き出した。俺はその後ろに付いていく。
そして着いたのは一楽というラーメン屋だった。かなりの賑わいだ。それだけうまいってことだろうな。俺はにしし、と笑った。

「盛況してんね。それだけうまいんだろうな〜。」

俺が言うとカカシはそりゃあもうね、と自分の手柄のように得意げに笑った。だからお前の手柄じゃないっての!
少々の順番待ちの後にカウンターの隅っこの二席が空いたのでそこに座った。

「へい、らっしゃい。」

親父さんが注文を聞いてくる。どれにしようかな、みそにしとくか。

「親父さん俺みそね。カカシは?」

「この間しょうゆ食ったから今日は塩にしとく。」

「はいよ、みそと塩ね。」

親父さんははきはきと注文を聞いて調理台に向かう。

「しかしカカシ珍しいな、お前外食ってあんまり好きじゃなかったじゃん。」

壁際の席でカカシはそうだっけ?と首を傾げた。
自覚ないのかこいつ。以前うなぎのうまい店に行こうって言ったら俺の料理がいいからって結局行かなかった。さすがに俺でもうなぎはさばけないし、蒲焼きなんて芸当できるわけもないから食いに行こうって言ったのに。それにアスマ兄ちゃんの甥っ子、火影の初孫の木の葉丸が生まれた時だって折角お呼ばれしたって言うのにすぐに帰ろうって言って、腹空いてなかったのかと思ったら家に帰って俺の作った茶漬けが食べたいなんて言うし。
火影の家の祝賀会なんてなかなか出られないしすげえごちそうだったのに、こいつはなんやかやと外食は好まないんだと思ってたのになあ。

「へい、おまち!」

と声がかかって親父さんがカウンターのテーブルにラーメンどんぶりを置いた。
お、うまそう。さすがカカシの推薦だけあるな。俺は割り箸を取った。カカシにも取ってやる。そしていただきますっ、と言ってから割り箸を割って麺をすすった。
お、うまいっ。うん、ほんとうまい。
俺はずずっ、と麺をすすった。ほどよいみそ味と麺にからんだスープ。ラーメン通ってわけじゃないからよく解らないけど、かなりいける!
俺は夢中になって食べた。腹が空いてたのもあるかもしれないけど、これはそれだけのせいじゃない。本当にうまいから食が進むんだ。
俺は息つく暇もない程になりながら食べた。そして食べ終わってふう、と息を吐いた。

「ね、うまかったでしょ?」

隣にいたカカシがいたずらを成功させたような笑顔で言ってきた。

「だからお前の手柄じゃないっての。けど、うまかったよ、まじで!」

俺は満足して言った。それから勘定を済ませて店を出た。客はまだまだ絶えない。夕食時も手伝っているからかもしれないが、あの味だ。常連客はかなりいるに違いない。
食べる前はまだ日が昇っていたのに、今では星が瞬いている。息が白くなる。日が沈むのも早くなったもんだ。

「でもカカシ、いつ知ったんだよ。あの一楽って店。」

帰り道にポケットに手を突っ込みながら歩いていく。

「んー、実は任務帰りでたまたまね。」

「任務って、暗部の?」

「うん、俺よっぽど腹減ってたからかどうか知らないけど、暗部姿のままで暖簾くぐっちゃってさあ。でもあの親父さん、全然驚かずに注文聞いてきたわけよ。ちょっと驚きだったね。」

カカシは心なしか嬉しそうだ。
カカシの口から直接聞いたわけじゃないが、暗部ってだけで怯えられるらしい。以前戦場でカカシに会ったと言っていたスリーマンセル仲間のカズトとアカネも暗部は仲間だと思ってもちょっと怖いと言っていたからなあ。
けど、あの親父さんは暗部姿のカカシでもラーメンを作ってくれたわけだ。
あー、なんかちょっと泣きそうだ。
カカシは本当に優しい。誰よりも優しい。仲間思いで自分が傷ついても率先して助けに行く。それは強さだ。けど、それを理解できない人間もいる。その強さが恐れられることもあるのだ。

「あの親父さん、肝っ玉座ってるねえ。」

ただ者じゃないかもな、なんて笑った。俺だってカカシが本物の暗部だって知ってたらもっとびびってただろうからなあ。今はカカシの性格も手伝ってか、暗部と聞いても、対峙したとしてもさほど緊張もしないが、カカシと出会ってなかったら今でも緊張する存在だったかもしれないのだ。

「カカシ、」

「んー?」

「よかったな!」

俺はがしがしとカカシの頭を撫でた。俺よりもちょっとだけ身長が高いだけだから腕を大きく上げなければならなかったが、それでも半ば乱暴に撫で回す。

「ちょっ、なにすんのよっ。イルカの乱暴者っ。」

カカシはそう言って文句を言ったが振り払おうとはしなかった。

「気に入った。」

「え?」

とカカシが不思議そうな顔した。

「あの一楽ってラーメン屋気に入った。味もいいし親父さんも気に入った。カカシ、いい店紹介してくれてありがとな!!」

俺はにっと笑った。

カカシはうん、と小さく言って微笑んだ。
冷え切った空気に、澄み渡った夜空は高く、眩しいまでに白光する月が痛い程視界に入ってくる。俺は何の気無しにポケットに突っ込んでいた両の手を夜空に向かって伸ばした。

「なーにやってんの、イルカ。」

「別にー。」

本当は祈ってる。カカシに幸せが舞い込みますように。俺たちの時代は多くの犠牲の上に成り立っている。時代が悪かった。そう言えばそれで終わりだが、それでは収まりつかない苦しみも悲しみも俺たちは知っているし、共有している。それでもこうやってのほんの少しの温かくなる一時が嬉しくて仕方ない。カカシ、だから俺にあの店を紹介したんだろ?お前が嬉しいと感じたものを俺に教えてくれるために。

「なんかの儀式?」

見当互いなことをきいてくるカカシに俺はぷっと笑った。

「まあね〜。カカシに沢山幸せが来ますようにって、祈ってた。」

正直に言ってやったら笑い返してくるかな〜?と思ったが、意に反してカカシは黙ってしまった。うわ、外したか!!俺ってたまに陶酔して常軌を逸した行動するらしいからなあ。
俺は照れ隠しにぽりぽりと鼻の傷を掻いた。

「あー、まあ、なんだ。また明日なっ、カカシっ!」

俺は急に恥ずかしくなって急ぎ足で家へと向かった。おかげでカカシの顔をまともに見られなかった。ま、明日になったらまた飯食わせろって式を飛ばしてくるだろうけど。
俺は白い息を吐いてひたすら家に向かった。